夏侯玄vs畜生DNA

世語曰、(夏侯)玄至廷尉、不肯下辭。廷尉鍾毓自臨治玄。玄正色責毓曰「吾當何辭?卿為令史責人也、卿便為吾作。」毓以其名士、節高不可屈、而獄當竟、夜為作辭、令與事相附、流涕以示玄。玄視、頷之而已。毓弟會、年少於玄、玄不與交、是日於毓坐狎玄、玄不受。
孫盛雜語曰、玄在囹圄、會因欲狎而友玄、玄正色曰「鍾君何相偪如此也!」
(『三国志』巻九、夏侯玄伝注)

『世語』によれば、魏の夏侯玄は捕えられて廷尉鍾毓に取り調べられたがまともに取り調べる応じる気配もない。



そこで鍾毓は調書を作り、「この内容でいいですか?」と涙ながらに尋ねた。夏侯玄はうなずくのみであったという。





どうやら夏侯玄を取り調べた内容は鍾毓によるでっち上げだった、ということらしい。



おそらく、身に覚えが無いの一点張りの夏侯玄に対し、評判高い彼を拷問して屈服させることも説得することもできないが司馬師の意向を考えると無罪放免にするわけにもいかない、という板挟みが調書の捏造に走らせたのではなかろうか。






そして、獄に入った時を狙ってなれなれしくして「夏侯玄と友達になった」というステータスを得ようとする鍾会が安定のアレっぷりである。




『雑語』にある「鍾君はどうして私を脅すのか」という言葉からすると、鍾会は「私と友達になってくれますよね?ならないなら拷問されますよ?いいんですか?」みたいな公私混同な脅迫めいたフォローリクエストをやったのではなかろうか。



うーんこの畜生。