秦州

二月、以雍州隴右五郡及涼州之金城・梁州之陰平置秦州。
(『晋書』巻三、武帝紀、泰始五年)

獻帝時又置雍州、自三輔距西域皆屬焉。魏文帝即位、分河西為涼州、分隴右為秦州、改京兆尹為太守、馮翊・扶風各除左右、仍以三輔屬司隸
(『晋書』巻十四、地理志)

「秦州」という州が生まれるのは晋の武帝司馬炎)の時代が初めてっぽいのだが、『晋書』地理志によれば魏の文帝の時に雍州から涼州と秦州が生まれたかのように書かれている。





魏の早い段階で元の涼州全域も兼ねていた雍州から涼州が分割されたのは間違いなさそうだが、秦州については『晋書』地理志の誤りじゃないかなあ。




三国志』に魏の代に秦州刺史になった人物は確認できないし。

なった記録はどれも晋代っぽい。