呂布を惑わせた人

獻帝傳曰、(秦)朗父名宜祿、為呂布使詣袁術、術妻以漢宗室女。其前妻杜氏留下邳。布之被圍、關羽屢請於太祖、求以杜氏為妻、太祖疑其有色、及城陷、太祖見之、乃自納之。
(『三国志』巻三、明帝紀注引『献帝伝』)


呂布の将秦宜禄の妻であった杜氏は人妻マニア曹操関羽を惑わせたとされる美女であったらしい。



彼女は夫だった秦宜禄が袁術の元に派遣され、夫はその間に袁術によって劉氏と縁組させられていた間、呂布の保護下にあったということである。




英雄記曰、(呂)布謂太祖曰「布待諸將厚也、諸將臨急皆叛布耳。」太祖曰「卿背妻、愛諸將婦、何以為厚?」布默然。
(『三国志』巻七、呂布伝注引『英雄記』)

ところで、呂布といえば曹操から「お前さんは自分の妻を裏切り、諸将の夫人を寵愛していたではないか」という「お前が言うな」的なことを指摘されている。




しかしよくよく考えてみると、呂布といえどそう簡単に部下の将の夫人を我が物にするという暴挙に出るモノだろうか?



それと比べて、既に別の正妻が出来ていて捨てられた格好の元夫人ならそのハードルはかなり低いだろう。


それにしたって「権力を使い無理やり我が物にした」という形にはなるかもしれないが、おひざ元の諸将の心証を著しく悪くするという恐れは(まだ)少ない。





もしかしたらもしかすると、呂布がアレしてた「諸将の夫人」というのは主に美貌の杜氏だったかもしれないではないか。



まあ一切証拠は無い憶測ですが。