漢の漢たちを語る13「人は過ちを繰り返す」:申屠嘉

漢の高祖の功臣最後の生き残り、と言えそうなのは誰か。


解釈次第で色々な人物を挙げる事が出来そうだが、その一人として挙がりそうなのが申屠嘉であろう。



張蒼免相、孝文帝欲用皇后弟竇廣國為丞相、曰「恐天下以吾私廣國。」廣國賢有行、故欲相之、念久之不可、而高帝時大臣又皆多死、餘見無可者、乃以御史大夫嘉為丞相、因故邑封為故安侯。
(『史記』巻九十六、張丞相列伝)


彼は高祖の時に兵士から成り上がって出世し、文帝の時には御史大夫にまでなっていた。


そこで、次の丞相を決める際に文帝はひそかに自分の皇后の弟を丞相にしたがっていたが、天下を私物化したと言われるのがいやで、消去法で高祖の功臣の生き残りであった申屠嘉が丞相に選ばれたのである。



「仕方なく」丞相にしたんじゃないか、とか言ってはいけない



嘉為人廉直、門不受私謁。是時太中大夫訒通方隆愛幸、賞賜累巨萬。文帝嘗燕飲通家、其寵如是。是時丞相入朝、而通居上傍、有怠慢之禮。丞相奏事畢、因言曰「陛下愛幸臣、則富貴之。至於朝廷之禮、不可以不肅!」上曰「君勿言、吾私之。」罷朝坐府中、嘉為檄召訒通詣丞相府、不來、且斬通。通恐、入言文帝。文帝曰「汝第往、吾今使人召若。」通至丞相府、免冠徒跣頓首謝。嘉坐自如、故不為禮、責曰「夫朝廷者、高皇帝之朝廷也。通小臣、戲殿上、大不敬、當斬。吏今行斬之!」通頓首、首盡出血、不解。文帝度丞相已困通、使使者持節召通、而謝丞相曰「此吾弄臣、君釋之。」訒通既至、為文帝泣曰「丞相幾殺臣。」
(『史記』巻九十六、張丞相列伝)


丞相となった申屠嘉は清廉潔白で礼儀にうるさい人だったようだ。



文帝のホモォとして有名な訒通が朝廷で文帝になれなれしくしているのを見た申屠嘉は文帝に「あいつなんとかしろよ」と言うものの「あとで言っとくわー」と生返事なので、ブチ切れて強硬手段に出た。


訒通を召喚して不敬罪で処刑してしまおうとしたのだ。



だが文帝の方が一枚上手だった。
申屠嘉が訒通をさんざん苛めていよいよ殺るかって時を見計らって文帝じきじきの助け舟を出してやったのだ。
皇帝の命とあらばさすがの丞相も勝手は出来ない。

今まで腹に溜まっていたものをぶちまけた後の丞相は賢者タイムになってしまい、話は沙汰やみとなったのである。



鼂錯為内史、貴幸用事、諸法令多所請變更、議以謫罰侵削諸侯。而丞相嘉自絀所言不用、疾錯。
錯為内史、門東出、不便、更穿一門南出。南出者、太上皇廟堧垣。嘉聞之、欲因此以法錯擅穿宗廟垣為門、奏請誅錯。
錯客有語錯、錯恐、夜入宮上謁、自歸景帝。至朝、丞相奏請誅内史錯。景帝曰「錯所穿非真廟垣、乃外堧垣、故他官居其中、且又我使為之、錯無罪。」罷朝、嘉謂長史曰「吾悔不先斬錯、乃先請之、為錯所賣。」至舍、因歐血而死。
(『史記』巻九十六、張丞相列伝)


その後、文帝が崩御して景帝の時代となった。


景帝が重用したのがかの有名な鼂錯。彼に出番を取られた申屠嘉は彼を憎んでいた。


そんな時、申屠嘉は鼂錯は自分が便利なように太上皇(高祖の父)の廟の垣根をぶち抜いているという情報を入手した。それを罪状に鼂錯を処刑してしまおうとしたのである。
皇帝の祖宗の廟を一部であれ破壊するなど、言うまでもなく当時最大級の不敬行為だ。



明日にも自分が告発されるというリークを受けた鼂錯は皇帝に助けを求めた。


なんだかさっきと似たような話になってきたのはきっと気のせいだ。



翌日、朝廷で申屠嘉がその事を告発すると、景帝は「あ、それ俺が許してたんだわ。そこは外壁の所だし、他の官も使ってたみたいだしさ。鼂錯は別に悪い事してないよ」と言い出した。

大逆転である。



「ワシは順番を誤った。先に奴をぶっ殺してから事後報告するんだった」と言い、申屠嘉は血を吐いて死んでしまったという。





(同じような手に二度ひっかかっては)アカン。


た、たぶん申屠嘉は真面目すぎたんや・・・(震え声)



良い意味での愚直さは、高祖の功臣の名に恥じないものだった、ということはできるんじゃないだろうか。きっと。