http://d.hatena.ne.jp/T_S/20130214/1360771196の続き。
「傾奇者」で「いくさにん」な劉邦で「鴻門の会」を再解釈してみよう。
項王即日因留沛公與飲。項王・項伯東嚮坐。亞父南嚮坐。亞父者、范筯也。沛公北嚮坐、張良西嚮侍。范筯數目項王、舉所佩玉玦以示之者三、項王默然不應。
(『史記』巻七、項羽本紀)
出発前に「先に関中を落とした者が王となる」と約束があったのに理不尽にも項羽が自分を攻め滅ぼそうとしていると知った劉邦。
彼は項羽のいる鴻門へ駆けつけ、整然と自分に敵意がないことを説明した。
ひとまず納得した項羽は、劉邦と酒宴を開く。いわゆる「鴻門の会」だ。
「決」つまり「ユー劉邦殺しを決断しチャイナ」という意味である。
だが項羽は動かない。
当然だ。戦場で敵う者のない「いくさにん」項羽だからこそ分かった劉邦から発せられる殺気。
「劉邦のヤツは、俺を殺しに来ているのだ」
項羽は気づいていたのである。おそらく、劉邦の懐には匕首が隠されている。
もし項羽が暗殺の命令を下せば、劉邦は一直線に丸腰の項羽に向かってくる。
自分と同種な「いくさにん」劉邦のことだ、項羽の部下に斬られても、同時に項羽に致命傷を与えることは十分可能であろう。
項羽はそこまで分かっていたから、范増を無視したのである。
范筯起、出召項莊、謂曰:「君王為人不忍,若入前為壽、壽畢、請以劍舞、因撃沛公於坐、殺之。不者、若屬皆且為所虜。」莊則入為壽、壽畢、曰「君王與沛公飲、軍中無以為樂、請以劍舞。」項王曰「諾。」項莊拔劍起舞、項伯亦拔劍起舞、常以身翼蔽沛公、莊不得撃。
(『史記』巻七、項羽本紀)
だが、もちろんこれこそ劉邦の思うつぼである。
項荘が劉邦に斬りかかったら、おそらく劉邦はそれを返り討ちにし、そのまま項羽へと突進することになる。
むしろ乱戦になればなるほど劉邦のような歴戦の「いくさにん」に有利なのである。
項羽は、このチャチな暗殺計画に密かに身を固くしたことだろう。
失敗したら危険なのは自分なのであるから。
しかし見た目は余興なのだから「やるな」とも言えない。
劉邦の殺気と項羽の顔色から事情を察知した項羽の叔父項伯は、“項羽を守るために”身を挺して劉邦をかばった。
こうしないと、項荘の剣が劉邦に向かった瞬間に項羽の方が劉邦の匕首に脅かされることになるからだ。
於是張良至軍門、見樊噲。樊噲曰「今日之事何如?」良曰:「甚急。今者項莊拔劍舞、其意常在沛公也。」噲曰「此迫矣、臣請入、與之同命。」
(『史記』巻七、項羽本紀)
沛公已出、項王使都尉陳平召沛公。沛公曰「今者出、未辭也、為之奈何?」樊噲曰「大行不顧細謹、大禮不辭小讓。如今人方為刀俎、我為魚肉、何辭為。」於是遂去。
(『史記』巻七、項羽本紀)
その後、張良は外で待っていた樊噲に言う。
「このままでは項荘が沛公(劉邦)に剣を向けて、沛公が項羽に飛びかかってしまう。そうなったら沛公も(項羽も)我々もみんな死んでしまう」
「マジヤバイ」
ということでかの有名な樊噲乱入と生豚肉食事シーンとなる。
そして剣舞が終わり項羽暗殺の機会を失った劉邦は、恨めし気に樊噲に言った。
「まだ別れの挨拶をしていないではないか。そこが最後の機会だというのに」
「大事の前では小さな礼など顧みる暇はないですから失礼を承知で言いますが、このままでは沛公のために我々皆魚肉ソーセージになってしまうんですよ。別れの挨拶などさせられませんよ」
樊噲はほとんど無理やりに劉邦を帰らせたのだった。
項羽を暗殺しても天下は手に入らない。間違いなく自分も死ぬからだ。
そこを聞かれれば、劉邦はきっとこう答えた事だろう。
「強いて申すならば、意地のためだ。
人としての意地だよ。
約束を破って人が人を呼びつけ、晒し首にしていいわけがない。
儂は項羽を刺すことによって、項羽もまた人に過ぎない事を証明し、その思い上がりに鉄槌を下そうとしたのだよ」