尚書の注釈者とされる漢代の孔安國。
順生鮒、鮒為陳渉博士、死陳下。鮒弟子襄為孝惠博士、長沙太傅。襄生忠、忠生武及安國、武生延年。
(『漢書』巻八十一、孔光伝)
彼はもちろん孔子こと孔丘先生の子孫とされている。
その従兄が蓼侯孔臧だという。
蓼侯孔臧の父は韓信の元で活躍した「孔将軍」こと孔聚。
師古曰「・・・(中略)・・・撃項籍者、即楚漢春秋及史記所謂孔將軍居左者。」
(『漢書』巻十六、高恵高后文功臣表、蓼夷侯孔聚、注)
ということは、やはり蓼侯孔聚は孔丘先生の子孫ということのようだ。
孔丘先生の子孫には劉邦が項羽を倒す際に重要な働きをした優秀な将軍もいた、ということである。
先生の万能の才はこうして余すところなく子孫に受け継がれているのだ(半分マジ)。
「孔子の血を引く将軍」とか秦末・漢初の時代の物語では破格に美味しいキャラが実在していたことになるので、その辺の時代の物語を創作するときは皆どんどん取り入れていってほしいものだ。
まあ今回の記事はhttp://d.hatena.ne.jp/T_S/20100310/1268147557の焼き直しなのだが。