銅人を破壊した人

(董)卓至西京、為太師、號曰尚父。・・・(中略)・・・悉椎破銅人・鐘虡、及壞五銖錢。
(『三国志』巻六、董卓伝)


董卓長安へ遷都すると、長安にあった銅像や鐘(「虡」は鐘を掛ける台のこと)をことごとくぶっ壊した。・・・と記されている。



魏略曰、是歳、徙長安諸鐘簴・駱駝・銅人・承露盤。・・・(後略)
(『三国志』巻三、明帝紀注引『魏略』)


魏の明帝は長安から鐘や銅像を持ってこさせた。・・・あれ?




明帝が持ってこさせたというのが誤りなのか、董卓がやったというのは実は明帝がやったことなのか、董卓にぶっ壊されずに済んだ残りがあって、それを明帝が持っていこうとしたのか。


色々な可能性が考えられる。