老人の子と丙吉の名裁き

陳留有富室翁、年九十無子、取田家女為妾、一交接、即氣絶。後生得男、其女誣其淫佚有兒曰「我父死時年尊、何一夕便有子?」爭財數年不能決。
丞相邴吉出殿上決獄云「吾聞老翁子不耐寒、又無影、可共試之。」時八月、取同歳小兒、倶解衣裸之、此兒獨言寒。復令並行日中、獨無影。大小歎息、因以財與兒。
(応劭『風俗通』佚文)


前漢の丞相丙吉の名裁き。


陳留にある金持ちの老人がいて、九十歳になっても跡取りの男子がいなかった。そこで妾を迎えたが、その初夜にお亡くなりになった。いわゆる腹上死であろう。


時は流れ、その妾は男子を産んだ。老人が初夜にどどぴゅんこした時の子である。

しかしその老人の娘は異議を唱えた。
「お父様はかなりの年だったのに子供が出来るなどということがあるわけないですわ。いったい誰が父親なのかしら?その子に財産は継がせられませんわ!」
まあつまりは相続財産の争いである。



その争いは訴訟となり何年も決着せず、ついに丞相の裁可を仰ぐことになった。

丞相丙吉は焦点になっている子供を裸にしてみせたところ、夏なのに寒がった。
また太陽の下で歩かせてみたところ、その子供は影が無かった。



「『老人が為した子供は寒がりで影が無い』と聞く。つまりこの子は正真正銘老人の子に間違いない。財産はその子に継がせる」

かくして丞相は名裁きを見せたのであった。めでたしめでたし。




名裁きじゃないですか。
なんでこの話が「大岡越前」などの元ネタに使われなかったんでしょうね?